大切な物語『星の王子さま』と、“作品”そのものの話

ずっと心に残り続ける本が何冊かある。今日はそのなかの一冊、『星の王子さま』について書く。
有名な物語なので、タイトルを聞いたことのある人、読んだことのある人も多いのではないだろうか。
実は色んな人々が翻訳している作品だ。私もいくつか読んだが、一番印象に残ったのは、二番目に読んだ『星の王子さま 』(翻訳:内藤濯 出版社:岩波文庫)だった。一番目に読んだ最近の翻訳がなされたものの方が、確かに分かりやすかった。分かりやすかったのだが、不思議と心惹かれたのは、内藤濯さんが翻訳したものだったのだ。人によっては分かりにくいと評されてしまうその訳は、簡潔だからこそ、剥き出しの大切な本質に、そっと触れられたような気がしたのである。
『星の王子さま』はどういう話かというと、砂漠に遭難した飛行士の“ぼく”と不思議な王子さまが出会ったことが綴られた物語だ。“ぼく”と王子さまのやりとり、“ぼく”以外と王子さまのやりとり、その紡がれた文章たちには、なんとも形容しがたい、生きるにおいて重要なことが織り込まれていたと思う。
私がこの作品を読んだのは、ある程度歳を重ねてからだった。読みながら思ったのが、きっとこの物語を子供の頃読んでいても、ここまで心に響くことはなかったかもしれない、ということだった。その一方で、なぜこんなにも多くの人々に読み継がれ続けているのか、読了したときに分かった。多分この作品は、人によって深く印象に残る部分が違うんだろうな、と思う。ずっとその場所に栞を挟んでおきたいような部分が人それぞれにある、そんな気がするのだ。
私にもずっと栞を挟んでいるページがある。私がその文章を読んで思ったことを書くと、“「それ」が存在するだけで、私には世界が楽しく愉快に感じる。でも、「それ」がなくなったら、世界はきっと真っ暗になってしまう“そんな共感めいたものを抱いた文があったのだ。
それにしても不思議な手触りの物語だ。多くの人々に読まれてきたことに納得するのと同時に、この作品が多くの人に読まれてきたことをとても嬉しく感じる。

作品というのはすごい。私がここに書いているのは記事だが、今の私だと、1,000字書くのに1時間はかかる(ついつい調べ物をして脱線してしまう時間も含め)。実は、絵を描くのも好きなのだが、色まで塗ると合計3時間なんてザラだ。その実感を持っているだけに、本棚にある本が、机の漫画が、どれだけの時間を費やされて存在しているかということに震えるのだ。その文章を、絵を、かく時間だけがその作品に注がれた時間ではない。それを創作できるようになるまでに、作者はどれだけのものを積み上げてきたのだろう。それを私たち読者は30分だったり、3時間だったり、膨大な時間をかけられたものをウン10分の1くらいの時間で鑑賞するのだ。
しかし一方で、その作品を手に取って読んだ人全員がその作品のことを考えた時間を、合計するとどうなるのだろうとも考える。それは、もしかすると、作者の人生の何倍もの時間、作品が存在することになるかもしれない。それはとてもすごいことだと思うのだ。
創作という行為は、いつか自分を超えるのかもしれない、だからワクワクする。

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