ある日、好きなバンドのインタビューが流れるということで、ラジオをつけた。出演前に、聴いたことのない音楽が流れた。良い。なんというバンドだろう?
好きになる音楽との出会いというのは、本当にひょんな事からはじまる。そのきっかけで考えられる場面については「音楽との出会い方」に書いた。
さて、今回はライブに行くか行かないかくらいの関心度をもつアーティストがいたとして、どう熱中していくか過程を振り返ってみようと思う。
年々、歳をとるにつれて、夢中になる速度が加速している。それは時間やお金を自らが決めてつかう裁量が大きくなっているのもあるからだろう。また、何度も好きが増していく過程を経ているので、教訓みたいな、持論を持っているのも大きい。
それはなにか。
好きになるのは早ければ早いほどいい、だ。
音楽を好きというスタンスは色々あると思う。音源を聴ければそれでいい。その曲ができた経緯を知りたい。どういう人たちが作っているのか知りたい。どういう環境で生まれたのか知りたい。そして、その曲を生で聴いてみたい。その程度は人によって様々だ。何をどう好きかによっても千差万別だ。ただ、ひとつ言いたいのは、いつかライブに行きたいと思うかもしれないとよぎるものがあるなら、そのときに行ける公演があったら行くのが吉、ということだ。
好きな音楽を生で聴ける機会というのは、限られている。有限だ、めちゃめちゃ有限だ。そして好きな音楽を制作し奏でてくれる本人が存在する時代を一緒に生きているというのは、奇跡に等しいことでもある。バンドは明日、休止するかもしれない、誰かいなくなってしまうかもしれない、解散するかもしれない。自身がライブに行けなくなる状況に陥るかもしれない。それは明日、いや今日かもしれない。ずっとそんな危機感みたいなものを抱いている。
そういう切実さが私をかき立て、ライブに行く。
接触だ。その接触が夢中に巻き込んでくるのだ。自分のなかの好きレベルが上がるのは、大抵ライブに行ったあとだった。
直接音楽を浴びるというのは凄まじい体験なのだ。それは、私がライブによく行くため、精神性が特化してる部分もあるかもしれない。ライブに行くとすぐ心がツルンツルンになるからかもしれない。
音楽を聴く、ラジオを聴く、ツイッターをみてファンに囲まれる、雑誌を読む、映像を見る、どれもが熱中させる要素になりうる。単純接触効果もあるだろう。
とりとめのない文章になってしまったが、つまり熱中ファンになっていく過程で、ライブは非常に大きい存在なのだ。ならば、あのライブに居合わせたかったと後悔するよりも、先に行ってみるといい。そうするとツアーで1公演が3公演になり5公演になり、行けるだけ行く! になる。そういう人生も結構楽しいよ。
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