アジカンのホームタウンツアーで「自由に聴くこと」へ辿り着く

ホームタウンツアーが終わった。今、私はかつてないほど、このツアーをひきずっている。ライブで貰ったものが多すぎて、いまだ日常から3cmくらい浮いているような気持ちで過ごしている。
その貰ったもののひとつが「自由に聴くこと」だった。
今回はその話をしようと思う。

ボーカルのゴッチはMCで常々 「自由に楽しんで」「誰のまねをしなくても良いよ」と言い続けている。微動だにしなくてもいい、座ってもいい、寝てもいいよ、と笑いながら言う。今まで、本当の意味で、私はその言葉を理解していなかった。その自由の楽しさが分かっていなかった。

むしろ、反発心や嫉妬みたいな感情が邪魔をしていた気がする。よく考えると、意固地にもなっていた。順を追って話そう。

アジカンは海外でもツアーを行うバンドだ。ヨーロッパから南米から、色んなところで演奏している。だからこそ視点の広さ、多様さを持ち合わせている。それゆえ日本の特異さも目につくのだろう。

ゴッチが観客に「自由に楽しんで」と伝える背景の一端には、海外のオーディエンスの姿から受け取った自由さがあるのだと思う。南米の観客の雰囲気が良かった、自由に楽しんでいた、日本は……その言葉に、私はきっと嫉妬していたのだ。

日本にいる私たちだって、充分楽しんでいる。そもそも状況が違うじゃないか。そりゃ、タガの外れ方も違うだろ、と。海外と比べられて、楽しみ方が劣っている、そんなことを言われたような気持ちになったのだ。今ならそういうことじゃない、というのが分かる。

日本の観客はマス的だ、という感覚はなんとなく自覚している。観客が均一で動く、決まったところで手を挙げる、ノリ方が皆同じ、でもそれの何が悪いんだろう。歌のことが大好きで、皆楽曲のことを分かっているからこそ、そういう動きが出来る、揃っている姿は圧巻じゃないか。そう思っていた。
ただ、その一方で、心の片隅にあった、この曲のこの部分が本当に良くって、手を掲げたくなったのに、誰も挙げてないから挙げられない、そういう気持ちには蓋をしていた。ひとりで手を挙げると目立って恥ずかしい気がする? そんな自意識過剰さもあったのだろう。
そもそも「自由に楽しんで」「好きなように踊って」って、いやいや、どう踊っていいか分からんがな、という感じだった。
そんな困惑をよそに、ステージ上のゴッチは好きなように踊っていた。彼のすごいところのひとつは、例え嘲笑をうけようが、自分の言ったことを体現しやり遂げようとするところだと思う。

それでもまだ、なんだかホームタウンツアー中は、逆に手すら挙げないで、聴くことが多くなった。どう聴けば良いかよく分からなくなってしまったのだ。手を挙げて均一のひとりになったらディスられる、それならもう挙げないで聴き入る方が良いじゃないか、と。
どこか意固地になっていた。

ツアーも残り数公演を残す、終盤のことだ。そんなグチャグチャも全部吹っ飛んで、ただただ楽曲と一対一でいられるような、そんな時間が訪れた。何が要因だったのか分からない。席が前のほうで視界が限られていたことだろうか? いや、何よりも、それ以上に空間の雰囲気が最高だったんだと思う。感情も、音楽も、雰囲気も全部完璧に揃っていた。自分の動きたいように身体を揺らし、手を掲げ振り回し、拍手をした。いつもやっていることなのに、全然違った。人とあわせようなんてこと、一切思いもしなかった。とても自由だった。心の底から楽しい気分だった。音楽と一緒に、心と身体を動かす楽しさを思い知った。

そして、好きなように手を振っていたら気づいた。視界に入る複数人の挙げた手が、全く同じ動きをしている。音楽の抑揚なんて存在しないみたいな動きをしている。気持ち悪っと思ってしまった。理屈じゃなくて、非常に感覚的なものだった。「マス」と表現していた意味が、なんとなく分かった気がした。
どう聴くかは、自由だ。 他人に多大な迷惑がかからない限り、それこそ自由だ。だから私は他人に対して、どうこう言うつもりは全くない。でも、もうあそこには戻れない。戻りたくない。こんなにも心に残る豊かな時間を知った後では。

一方で、今、アジカンのライブでの観客は多種多様になってきている様子も窺える。それぞれがめいめい楽しんで、色で言うならカラフルだ。一夜にしてガラリと変わってしまう急激な変化もあれば、だんだん目に見えるようになってくる緩やかな変化もある。ライブは後者だろう。これからどうなっていくのか、楽しみだ。

今、ここに書いたことは、ある一片では全然間違っていることかもしれない。でも私にとっては真実だった。ようやく自分なりに楽しむことへ辿り着けた気がするのだ。結構時間がかかってしまったなあ。

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コメント

  1. サイトウケイコ より:

    うなづきしかありません。
    音楽に溶ける、没入したときは自分をコントロールしたり動きを合わせるのも難しいです
    まさに溶けていて境界がなくなるから
    感情もあとから説明すれば気持ちいいとかだけど体も心も重量なくなります

    近い感覚の人がいるとしれて少し嬉しくなりコメントしてしまいました
    すみません。

    ありがとうございます

    • キノボリ きのぼり より:

      読んでいただき、そしてコメントまでくださって、とっても嬉しいです。
      いただいた文章を読んで、
      なるほどなあ、あの感覚はそういうことだったのか、と
      非常に腑に落ちました。
      こちらこそ、ありがとうございます!
      こんなお言葉いただけて、すごく幸せな気分です。

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